[HEPな足音]
絵描き | 塩谷 歩波
世界的大女優・オードリー ヘップバーンが、映画『ローマの休日』でサンダルを着用しているシーンから、“ヘップサンダル” と呼ばれるようになった日本の家庭的生活道具、つっかけ。おじいちゃん・おばあちゃんの家で見かけたことのある方も、きっと少なくないはず。わたしたち『HEP』は、そんなプロダクトを手がけるサンダルブランドです。
さらには1940年代、ジャズの世界にひとつのスラングが生まれたことにも、わたしたちのブランド名『HEP』は起因しています。英語で「クール・イケてる」という意を持つ「HEP」という言葉は、ゆくゆく “HIPPIE(ヒッピー)”という言葉に派生し、世に広く知られるように。
わたしたち『HEP』は、そんな言葉のルーツをブランド名に掲げています。
本企画「HEPな足音」は、わたしたちのブランドと共鳴する人々をフィーチャーする連載企画です。テクノロジーの恩恵を享受しつつも、ときとして自然環境や古き良き時代の文化・環境とともに暮らすことを楽しめる人。世の「流行」や「トレンド」にまるっきり流されてしまうことなく、“自分” をしっかりと抱いている人。ノスタルジックな文化も、ニュートレンドな文化も、その両方を軽快に取り入れつつ、まるでサンダルを軽くつっかけたような軽やかさで行ったり来たりできるような人。
そんな方々にインタビューをおこない、彼や彼女のみずみずしい魅力をお伝えしていきます。記念すべき第一弾となる今回フィーチャーするのは、絵描き・塩谷歩波さん。ひたむきに「描くこと」への邁進を止めない彼女の人となりを、ぜひお楽しみください。
“「絵」こそが、わたしをもっとも象徴してくれるものだと思う”
ーー塩谷さん、今日はよろしくお願いします。まずはよく通われているという井の頭公園から。
塩谷さん:よろしくお願いします。井の頭公園は、月に二度ほど通っていますね。絵を描く際にものすごく思考してゴチャゴチャになってしまった頭を、自然の環境でリフレッシュするイメージ。モヤモヤとしてしまった頭や気分が、木々を見ているとなんだかスッキリ晴れてくるんです。とはいえ、いつも下を向き腕を組みながら、猫背で歩いちゃうんですけどね(笑)。
ーーたしかにかなり猫背(笑)。では、本題にうつっていきましょう。そもそも塩谷さんが絵を描き始めたきっかけはどういったものだったのでしょうか?
塩谷さん:小学校の頃から、ずっと絵を描くことが大好きでした。本当にずーっと。ただ、身の回りにもっと上手な子がいたんです。だからこそ、わたしは自分の絵に自信を持つことができなくて。
ーーほうほう。
塩谷さん:鼻っ柱を折られてしまっていたんですよね。周りの人たちが本当に上手だったから。それは就職してからも同じで。もともと好きだった建築の世界に飛び込んだんですが、図面を描く際にも「絵」を随所に入れ込んだりしていて。絵を愛していることは変わらないけれど、いつも「絵は二の次にしておこう……」という心があったんです。
ーーそれが、今ではひとりの「絵描き」に。
塩谷さん:建築の仕事を辞めてからは、高円寺の銭湯『小杉湯』で番頭として働いていました。そのときに、昔から好きだった「絵」をもう一度やってみようかなぁと思って。ここでも絵は依然として “二の次” ではあったのかもしれないけれど、わたしが描いた絵を見て『お金を出してでも描いてほしい!』と言ってくださるお客さまがいたんですよね。
ーーお金を出してでも。とってもうれしいお言葉ですよね。
塩谷さん:救われたなぁ、と思いました。『この絵、良いね』と言ってくださる方もたくさんいたのが、大きな救いでした。「あっ、自分の絵には価値があるんだ。自分が思っているよりもずっと価値があるんだ」と気づくことができたんです。小さな頃に抱いていた夢は、ここで叶えられるんだ、って。今は「わたしを象徴するのは “わたしが描いた絵” なんだ」と胸を張って言えますね。
曖昧なことに、美しさがある。「イラストレーター」ではなく「絵描き」である理由
ーーところ変わって、塩谷さんの作業場兼お部屋にて。お話をうかがいながらずっと感じていたのですが、塩谷さんはご自身のことを “絵描き” と呼びますよね。
塩谷さん:うんうん。実はそこに相当悩みました。
ーー悩み、ですか。
塩谷さん:2021年5月まで働いていた『小杉湯』では、「番頭兼イラストレーター」を名乗っていたんです。あくまで番頭であり、イラストレーターはまさに “二の次”。もちろんイラストへの愛情はありますけどね。そういった肩書きで活動していたところ、テレビをはじめ、さまざまな方がわたしに興味を持ってくださって。
ーーたしかにキャッチーさはありますよね。番頭兼イラストレーター。
塩谷さん:ただ、正直なことを言えば、「キャッチーさ」だけなんじゃないか? と思っていたのも事実なんです。ある種の “名前勝ち” というか。「建築界にいた経歴であったり、肩書きのキャッチーさであったり、わたしは “外皮” だけで勝負しているんじゃないか?」と自問することが増えてきたんですよね。
ーーなるほど。名乗り方だけで勝負してしまっているような。
塩谷さん:まさに。「塩谷歩波が勝負したいのって、本当にそれだっけ?」と自身に問うたところ、それはやっぱり違うなと思った。「絵だよな」って。シンプルですが、それが理由で「絵描き」を名乗ることにしましたね。
ーーイラストレーターではなく、絵描き。
塩谷さん:2021年6月から独立してフリーランスになったのですが、当初は「画家」を名乗ろうと思っていました。画の家。ただ、それってかなり荷が重いネーミングだなぁと感じて。ゴッホやゴヤ、ミケランジェロといった名だたる画家たちが描いてきた絵たちほど、大きなものを描くつもりは当時あまり無かったんです。もちろん機会があれば描いてみたいとは思いますが。
ーーうん、うん。
塩谷さん:気の置けない友人に相談してみたところ、『塩谷ちゃんはすぐに背負い込みやすいから、自分で付けた看板の重みに負けてしまうと思う。最初の肩書きは軽くしたほうがいいよ』と言ってくれて。シンプルで、軽い肩書き。「絵描きだ!絵、描くもん!」って(笑)。それに加えて、「イラストレーター」って、どことなく商業的なイメージがあると思うんです。
ーー商業的。ある種、「デザイン的」とも言えそうですね。
塩谷さん:そうそう。目的や問題があって、その解決のためのイラスト。クライアントさまがいて、その方やもっと向こうのお客さまへ訴求するための、“イラスト” として。そういったお仕事をお受けすることもあるし、とてもありがたいけれど、わたしが目指すのはそこだけじゃないなぁとも思います。だからこそ、曖昧な「絵描き」を名乗っているんですよね。 曖昧って、うつくしいじゃないんですか。
ーーあー、本当にそう思います。うつくしいと思う。
塩谷さん:わたしが「番頭兼イラストレーター」を名乗っていたのも、間違いじゃなかったんだと思うんですよ。曖昧で居たかったんだ、って。ただ、今は絵のことを一番に考えていたい。だからこそ、絵を描く者の肩書きとしてもっとも曖昧で、それでいて忠実な「絵描き」なんです。
“他人に迎合できない自分が嫌だった。でも、その気持ちがあってよかったです”
ーー最後は、よく通われているという西荻窪のカフェ『Satén』。ここにはどれぐらいの頻度で通っているのでしょうか?
塩谷さん:定期的に通院している病院が、西荻窪にあって。ちょうどSaténの近くですね。病院へ行くたびに覗いては、お店で日本茶を飲みながら店員さんとお話しています。
ーーほうじ茶や抹茶、コーヒーに軽食など、まさに喫茶店を意味する「茶店(さてん)」ですよね。
塩谷さん:特に抹茶プリンが絶品です。かならず食べた方が良いです。本当に。すっごくおいしくて。ちなみにこのSaténさんは、以前わたしが描いた絵を飾ってくださっているんですよ。
塩谷さん:わたしの画風である「図解(建築の図面とイラストを掛け合わせたもの)」で、このお店を描いたんです。雑誌の特集でお茶に関するイラストを描いたことがあって。その際に、たくさんのお問い合わせをいただいたのですが、Saténさんは『店に飾りたいので!』と声をかけてくださって。すごくうれしかったのを覚えていますね。
ーー愛にあふれたお店なんですね。とっても良いなぁ。
塩谷さん:何が良いって、特に「ほうっておいてもくれる」という点なんです。
ーーほうっておいてもくれる……?
塩谷さん:まったく悪口でもなんでもないのですが、こう、ちょっとベタベタしたコミュニケーションをとりたくない時ってあるじゃないですか? 「今日は少し疲れているからそっとしておいてほしいな……」と思うこと。そんな時には、ほうっておいてくれるんですよ。一切の話もしないでいてくれる。
かえって「今日は話したい!」と思いカウンターに座った際には、楽しげに話を聞いてくれたり、話をしてくれたり。すごくちょうど良いお店とコミュニケーションだなぁと思います。
ーー塩谷さんご自身にも、そういうところがあるように思います。冷静な姿勢と、熱烈な意思の両方を持っているような。
塩谷さん:それは昔からそうかもしれないですね。わたし、いわゆる “迎合” ができないんですよ。好きなものは好き。嫌なものは嫌。学生の頃から「仲良しグループ」のようなものがすごく苦手でした。「なぜ人に合わせなきゃならないんだろう……?」と常に思っていましたし、ひいては、そんな自分をも「嫌だなぁ」と思っていたんですよね。
ーーなるほど。迎合できない自分を認めてあげられなかった。
塩谷さん:だって、嫌じゃないですか。なぜ自分の好きなものを押し殺してまで人と仲良く連れ合わなきゃならないのかな、って。でも、なんでそもそもわたしはこんな人間なんだろう? って。
それは大人になってからもそうですね。建築業界で働いていたときには、「本当にやりたいことって何なんだっけ?」と思ってしまったんです。「なぜわたしはここにいるんだろう?」と。身体は正直で、そういうときに限って体調を悪くしてしまって。自分を認めてあげられず、身体を壊してしまった。
ーーなるほど。
塩谷さん:でも、だからこそ、今の自分や絵があるのかなぁとも感じます。大人になるとそれがガラッと変わるんですよ。「人と違うことは財産だ」となってくる。みんなと違うことが、とてもとても大切になってくる。わたしの絵は、わたしにしか描けないですから。こればかりは自信を持って言えます。「アイソメトリック(斜め上から見下ろすような視点の画法)」は建築業界にいたからこそ身につけられた技法ですし。
これまでの経験があってこそ、今の自分があるんだろうなぁとは感じますね。だから、他人に迎合できない自分であってよかったのかもな、って。自分は自分で良いんだ、自分だからこそ良いんだ、と考えながら日々を暮らしています。
【あとがき】
「番頭兼イラストレーター」という、いわば “ポップな肩書き” をあえて手放し、ひとりの「絵描き」として生きることを決めた塩谷さん。
過去の自分を否定することなく、また、現在の自分にしっかりと向き合う彼女からは、まさにわたしたち『HEP』が抱くブランドとしての想いと強く共鳴するものが感じられました。
“これまでの経験があってこそ、今の自分がある” と、まっすぐな目で話してくださった塩谷さんのこれからに、希望の光がはっきりと見えるような気がします。
この記事に登場したHEPと塩谷さんより
SNT [Black]
銭湯の名前に因んだ、こちらの”SNT”。名前の通り、銭湯に行く時に履きがちです。サッと脱げて、サッと靴箱に入れられる気軽さ。湯上りの素足にも馴染むようななめらかな質感も大好きです。ズボンに合わせることが多いかも。
CVN [Black]
クロスに編まれたデザインは、SNTよりも上品なイメージ。クラシカルなワンピースや、黒いスカートにぴったり。レース地の靴下とも相性がいいのが嬉しいところです。渋谷でも銀座でも、どこへでも履いていけるお気に入りのサンダル。
クレジット
Interviewee:Honami Enya
Location:Satén
Brand Director:Munetoki Kawahigashi
Creative Director:Yuto Nakagomi
Writer:Nozomu Miura
Photographer:Keisuke Andoh
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